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東京高等裁判所 昭和52年(う)2683号 判決 1979年2月20日

控訴人 弁護人および被告人

被告人 佐山一郎 外一名

弁護人 内田弘文 外二名

検察官  平井令法

主文

原判決中被告人千代倉治郎に関する部分を破棄する。

被告人千代倉治郎を罰金三〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人千代倉治郎を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中、証人横山喬、同鈴木正吉に支給した分は全部被告人千代倉治郎の負担とする。

被告人佐山一郎に関する本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人佐山については弁護人内田弘文が提出した控訴趣意書に、被告人千代倉については、弁護人出射義夫、同三井明が連名で提出した控訴趣意書及び弁護人三井明が提出した補充控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断する。

第一、被告人千代倉関係

一、控訴趣意中原判示第一の一に関する主張(控訴趣意書第三ないし第五点の各一部)について

所論は、原判示第一の一(フネンセツト工業株式会社に関する応預合)には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

(一)  そこで所論にかんがみ、まず職権をもつて原判示第一の一の応預合の事実が原判決挙示の証拠によつて認められるかどうかを調査すると、商法四九一条後段の応預合罪は、株金払込取扱機関の役職員が同法四八六条一項に掲げる者と通謀して株金の払込を仮装する行為をいうのであり(昭和三五年六月二一日最高裁第三小法廷決定、刑集一四巻八号九八一頁)、右にいう通謀とは、当事者双方が株金の払込を仮装する行為であることを認識してその行為の実現に協力する意思を通じ合うことであり、したがつて、たとえば、会社の代表取締役は払込を仮装する意思で、第三者からの借入金をもつて一時払込をし、増資登記完了後直ちに払込金を払い戻して借入金の弁済にあてるという、いわゆる見せ金による仮装払込の場合であつても、払込取扱機関の役職員がその払込の仮装であることを認識していなければ、通謀は成立しないと解すべきであるところ、関係証拠によれば、原判示フネンセツト工業株式会社(以下フネンセツト工業と略称する)の代表取締役である勝田信一と同社の実権を握つていた三浦美淑が、フネンセツト工業の発行済株式総額を一六〇〇万円から三二〇〇万円にするため、常盤相互銀行熱海支店に対し新株式総数三二万株に対応する総額一六〇〇万円の払込をしたように仮装して、同支店から株式払込金保管証明書を入手したうえ、不実の増資登記申請手続をすることを共謀し、三浦の指示を受けた平松秋彦は昭和三七年一二月六日同支店に赴き、同支店の支店長である被告人千代倉に対し、フネンセツト工業の新株式三二万株を発行する旨を告げ、その払込金は同支店のフネンセツト工業の別段預金口座に保管中の前回の増資払込金一二〇〇万円と同支店における三浦の隠し預金(石井英作なる架空人名義のパール積立預金)の払戻金四〇〇万円をもつてあてたいので、その手続をとつたうえ株式払込金保管証明書を作成してほしい旨依頼し、同日、被告人千代倉はこれを承諾し、依頼されたとおり新株式引受人を松山物産株式会社、小松義男、石村米蔵、原田明義として事務処理を行つたうえ、株式払込金一六〇〇万円の保管証明書を作成して平松に交付したことが明らかである。

ところで、右払込の仮装について、フネンセツト工業の代表取締役である勝田と払込取扱機関の役職員である被告人千代倉との間の通謀の存否を検討すると、原判決挙示の証拠中特に三浦美淑(昭和四〇年二月四日付、同年二月一五日付)、平松秋彦(同年二月一八日付)、被告人千代倉(同年二月四日付、同年二月一二日付、同年二月一五日付、同年二月二七日付)の検察官に対する各供述調書によれば、被告人千代倉は、平松から一六〇〇万円の払込金のうち一二〇〇万円は前回増資の払込金一二〇〇万円を別段預金口座から払い戻してそれにあてることとして、必要な手続をとるよう依頼された際、そのような前回の株式払込金一二〇〇万円をそのまま今回の払込金として二重に利用しようとする払込の方法自体から、右一二〇〇万円の払込は形式的なものであつて、実質的には会社資本の充実にならないこと、すなわち右払込は仮装であることを認識したものであること、右依頼を拒絶するならば、同支店の大口預金者である三浦の機嫌を損ね、その結果預金を引き上げられるかもしれないことをおもんばかり、それよりは右依頼を承諾し三浦らの右計画実現に協力しようと考えた結果、これを承諾したものであることが認められるから、少なくとも右一二〇〇万円の仮装払込については、被告人千代倉と勝田らの間に通謀があつたことは否定し難いといわなければならない。もつとも、被告人千代倉は、原審公判廷において、「当時三浦がフネンセツト工業に対し多額の債権を有するものと信じており、前回の増資払込金一二〇〇万円は払い戻されて三浦に対する債務の弁済にあてられ、三浦はそれをそのまま今回の増資払込金としたのであつて、右払込によつてフネンセツト工業の資本の充実は果たされているから、右払込が仮装であるとは考えなかつた」旨供述しているが、右供述のような理由で右払込が仮装でないといい切れるかどうかは一応措くとして、被告人千代倉は原審公判に至つて始めて右のような弁明をするようになつたのであつて、捜査段階における供述調書にはそのような弁明は少しも記載されていないだけでなく、むしろ、「右のような払込は正当ではないが、三浦の要求であつて断るに断りきれなかつた」という趣旨の供述が多く、これらが三浦や平松の供述調書中の記載とも符合することなどを合わせ考えると、被告人千代倉の原審公判廷における右供述は、そのまま信用するわけにはいかない。

しかし、右一二〇〇万円を除いた四〇〇万円については、わざわざ三浦の積立預金を払い戻し、その払戻金をもつてあてており、現実に払込がなされているのであるから、一二〇〇万円の払込とは異なり、被告人千代倉において払込の方法自体から四〇〇万円の払込が仮装であることを認識することはできないといわざるを得ず、また他に四〇〇万円の払込が仮装であることを認識していたとするに足りる証拠もない。もつとも、原判決は、平松が被告人千代倉に対し払込手続を依頼した際に、変更登記が済み次第払込金のうち一二〇〇万円は熱海国際観光株式会社(代表取締役三浦美淑)の普通預金口座に振替え、四〇〇万円は三浦個人の隠し預金口座に振替えるべきことを依頼した旨認定判示しており、右認定のとおりであれば、被告人千代倉の右仮装であるとの認識を一応推認し得るかもしれないが、証拠によれば、登記完了の翌日に払込金は三浦の隠し預金口座等に振替えられたことは認められるけれども、原判示のごとく事前に振替依頼がなされていたことを認めるに足りる証拠はない。また、増資新株の引受申込が予定額に達しないために不足分について払込を仮装することは通常あり得ないことではないから、一六〇〇万円の払込のうち一二〇〇万円の払込が仮装であることを認識していたからといつて、残りの右現実に払込まれた四〇〇万円の払込も仮装であると認識していたと推論することはできない。更に、株式引受人でない者が一人で株式引受人の全員に代わつて立替払込をすることもあり得ないことではないから、三浦一人の資金によつて数名の株式引受人名義の合計四〇〇万円の払込がなされたからといつて、それが仮装であることを認識していたはずであると推論することもできない。かえつて、右一六〇〇万円の払込は、被告人千代倉が三浦の依頼で株式払込の取扱をするようになつた当初のこと(合計八回のうちの二回目)であり、しかも、右取扱の第一回目はフネンセツト工業の一二〇〇万円の増資であつて、その際には全額につき三浦の資金が現実に払い込まれており、その払込金は次の右一六〇〇万円の増資のときまで払い出されず別段預金として保管されていたことを合わせ考えると、被告人千代倉が右一六〇〇万円の増資株式払込の取扱を依頼された当時は、いまだ三浦の増資のやり方、すなわち、三浦の資金で一応払込をするが、登記が済めばすぐ払込金を払い戻し自己の手元に戻すというやり方を知らず、したがつて、右一六〇〇万円の払込金が登記後直ちに三浦の手元に戻されることになることは事前には知らなかつたのであり、被告人千代倉としては右四〇〇万円め払込は真実のものであると考えていた、とうかがわれる節がある。したがつて、右四〇〇万円の払込仮装に関する限り、原判決挙示の証拠をもつてしては原判示の通謀の存在を認めることはできないから、結局原判決の理由中判示第一の一の部分には、事実と証拠との間にくいちがいがあるものといわなければならず、原判示第一の一の罪とその余の罪(原判示第一の二ないし四の罪)とを併合罪として被告人千代倉に対し一個の刑を科した原判決中同被告人に関する部分は、全部破棄を免れない。

(二)  次に、所論中前記一二〇〇万円の払込に関する事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りを主張する部分の当否について検討すると、前記(一)のとおり、右一二〇〇万円の払込が仮装であり、被告人千代倉はそのことを認識していたことは、原判決挙示の証拠によつて優に認めることができるのであつて、記録中のその余の証拠によつても原判決のこの点に関する事実認定に誤りがあるとは考えられない。また、原判決は被告人千代倉が所論のいう「その情を知つて」いたから応預合罪が成立すると判断したものでないことは、原判決が被告人千代倉と前記勝田らとの通謀を認定判示しているところから明らかであり、更に、会社の代表取締役が株式払込取扱機関の役職員と通謀し、株式の払込が全くないのにあつたものとして、別段預金を設定し、その返還を制限する特約をした場合に応預合罪が成立することは所論のとおりであるが、応預合罪の成立がそのような場合に限定されるわけではないことは、前記(一)の同罪の定義から明らかである。原判決に所論の法令の解釈適用の誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

二、控訴趣意中原判示第一の三に関する主張(控訴趣意書第二点の全部、第三ないし第五点の各一部)について

所論は、原判示第一の三(大東コンクリート株式会社に関する応預合)には、虚無の証拠によつて事実を認定した誤り並びに判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

そこで検討すると、関係証拠によれば、原判示大東コンクリート株式会社(以下大東コンクリートと略称する)の代表取締役に就任した前記勝田と同社の実権を握つていた前記三浦が、大東コンクリートの発行済株式総額を二〇〇〇万円から八〇〇〇万円にするため前記銀行熱海支店に対し新株式総数一二万株に対応する総額六〇〇〇万円の払込をしたように仮装して、同支店から株式払込金保管証明書を入手したうえ、不実の登記申請手続をすることを共謀し、三浦の指示を受けた前記平松は、昭和三八年七月一日同支店に赴き、被告人千代倉に対し、大東コンクリートの新株式一二万株の払込につき、払込金六〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円は、同支店における三浦の隠し預金(上埜千代、小林勘次、泰信介各名義の定期預金)を担保にして、増資による変更登記の完了するまでということで同支店から同額の手形貸付による短期(五日間)融資を受けてそれにあて、残りの三〇〇〇万円は、三浦が同銀行本店から同支店に電送した二七〇〇万円及び三浦の養女偉江名義の同支店普通預金口座から引き出した三〇〇万円をあて、右変更登記が済み次第払込金は直ちに払い戻し、そのうち三〇〇〇万円は右貸付分の返済にあて、残り三〇〇〇万円は三浦に送金することとして、その手続をとつたうえ株式払込金保管証明書を作成してもらいたい旨依頼したところ、既に三浦からほぼ同旨の依頼を受けていた被告人千代倉は即日これを承諾し、依頼されたとおりの貸付を行い、新株引受人を清水鑑太郎、勝田信一、田中元吉、植木為三郎、成田儀八、河辺貞一郎として事務処理を行つたうえ、株式払込金六〇〇〇万円の保管証明書を作成して平松に交付したことが明らかである。

ところで進んで、右払込の仮装について、大東コンクリートの代表取締役である勝田と払込取扱機関の役職員である被告人千代倉との通謀の存否を検討すると、原判決挙示の証拠、特に被告人千代倉の前記検察官に対する供述調書四通、三浦美淑(昭和四〇年二月一七日付)、平松秋彦(同年二月一一日付記録五四五九丁、同年二月一二日付、同年二月一三日付二通)、横山喬(同年二月一三日付)三浦偉江(同年二月一七日付)の検察官に対する各供述調書、横山喬作成の答申書、押収してある別段預金払戻領収書一枚(昭和五二年押第九六四号の四一)、普通預金払戻請求書六枚(同押号の四三の一ないし六)、普通送金依頼書(同押号の四四)、給付貸付禀議書三通(同押号の四六の一ないし三)によれば、被告人千代倉は、昭和三七年一二月一日から大東コンクリートの右払込の日までの約八か月間に、三浦の依頼によりフネンセツト工業及び三浦商事株式会社の各増資株式の払込を既に六回にわたつて取扱つており、大東コンクリートの払込は七回目になること、六回にわたる右の株式払込の際にも、払込金はすべて三浦の資金によつて賄われ、一度株式払込金として払い込まれた金員がそのまま次の増資株式払込金として用いられたり、増資による変更登記の完了後直ちに払込金が払い戻されて三浦の手元に戻されたりしていること、しかも、同支店が取扱つた株式払込で三浦と関係のないものは、おおむね同支店と取引関係のある会社のもので、金額もそう多くはないのが通常であつたが、右フネンセツト工業等の会社はいずれも同支店とは全く取引のない会社であるうえに、フネンセツト工業は一か月余の間に合計六〇〇〇万円の、三浦商事株式会社は二か月余の間に合計八七〇〇万円の増資がなされており、他の会社の増資例とは著しく異なるものがあつたこと、被告人千代倉は三浦及び平松から前記の依頼を受けた際、依頼の内容及びそれまでの三浦の増資のやり方からして、大東コンクリートの右払込は、手形貸付分だけでなく三浦の用意した分をも含めその全部が形式的なもので、実質的に会社の資本充実になるものではないこと、すなわち、右払込は仮装であることを認識したのであるが、前記フネンセツト工業の場合におけると同様、三浦らの計画に協力しようと考えて右依頼を承諾したものであること、そうであればこそ、被告人千代倉は、三浦に対し前記隠し預金の名義人三名の名義で各一〇〇〇万円を土地購入代金又は運転資金という事実とは異なる名目で五日間に限つて貸付けることとし、その旨の各給付貸付禀議書に支店長として決裁印を押捺し、右貸付金を払込金にあてると同時に、変更登記の完了後直ちに払込金を払い戻し右貸付金の弁済にあてることなどができるよう、変更登記もなされないうちに、あらかじめ平松をして払込金六〇〇〇万円の全額についての別段預金払戻領収書、普通預金払戻請求書等の必要書類を提出させたうえで、株式払込金保管証明書を発行したものであること、右払込の翌日(同月二日)増資による変更登記が完了するや、その翌日(同月三日)予定どおり右払込金は全額払い戻され、うち三〇〇〇万円は右貸付金の弁済にあてられ(ただし、登記が当初の予定より早く完了し、貸付後三日で弁済されることになつたため、当初支払われた五日分の貸付利息のうち二日分は返戻された)、残り三〇〇〇万円は小切手にして三浦の手元に送られたことが認められ、右認定の事実によれば、右六〇〇〇万円全部の仮装払込について被告人千代倉と勝田らとの間に通謀があつたと認めるに十分である。もつとも、被告人千代倉は、原審公判廷において、前記フネンセツト工業についてと同様、「当時三浦が大東コンクリートに対し多額の債権を有するものと信じており、大東コンクリートは登記完了後払込金をもつて三浦に対する債務の弁済にあて、三浦はそのうちの三〇〇〇万円を前記貸付金の弁済にあてたのであつて、大東コンクリートの資本は三浦に対する既存債務の減少という形で充実したのであるし、多額の負債を弁済する目的で増資をするということもあるのであるから、右払込は仮装のものであるとは考えなかつた」旨供述しているが、しかし、同被告人は原審公判廷において始めて右のような弁明をするようになつたのであり、捜査段階における供述調書にはそのような弁明がないことは、前記フネンセツト工業におけると同様であり(なお、同被告人は警察官に対しても同様の説明をしたといい、その証拠として、司法警察員に対する昭和四〇年二月一三日付供述調書第七項中の供述記載をあげるのであるが、右供述記載は、貸付分三〇〇〇万円に関し、それは最初から登記完了後貸付金の弁済にあてられるということであつたので、大東コンクリートに入らないことは分かつていた旨を説明した後、付加訂正する形で単に、「三浦が大東コンクリートへ貸した金と相殺するか、またあとで大東コンクリートへやるのかと思つていた」というだけの断片的なもので、払込を仮装とは考えなかつたことの説明とは認め難い)、むしろ「登記が済めばすぐ払込金を払い戻して貸付金の弁済にあており三浦の手元に戻したりすることを始めから予定したうえでの払込は正常なものではないが、三浦の要求なので断れなかつた」という趣旨の供述が多く、これらが三浦や平松の供述調書中の記載とも符合することを合わせ考えると、被告人千代倉の原審公判廷における右供述は措信できないものといわなければならない。

以上検討したとおり、結局、原判示第一の三の事実は原判決挙示の証拠によつて優にこれを認めることができるのであつて、原判決に所論のごとき虚無の証拠によつて事実を認定した違法はなく、また記録中のその余の証拠によつても、原判決に所論のごとき事実誤認があるとは考えられず、更に原判決に所論のごとき法令の解釈適用の誤りがないことは前記一(二)後段のとおりであるから、論旨はいずれも理由がない。

三、控訴趣意中原判示第一の二及び四に関する主張(控訴趣意書第六点)について

所論は、原判示第一の一及び三の各応預合罪の成立が否定されることを前提として、原判示第一の二及び四の各商業登記簿原本不実記載、同行使の各幇助に事実誤認があるというのである。しかし、前記のとおり、右各応預合罪は成立するのであるから(フネンセツト工業についての同罪の一部不成立は、右登記簿原本不実記載等の成否に特段の影響を及ぼすものではない)、所論は前提を欠くものといわざるを得ない。論旨は理由がない。

四、控訴趣意中原判示「犯行に至る経緯」に関する主張(控訴趣意書第一点)について 所論は、原判示「犯行に至る経緯」に関する事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りを主張するものである。しかし、所論指摘の「その事情を知りながら」とか「右事情を知りながら」という原判示部分は、いずれもフネンセツト工業及び大東コンクリートの前記各増資の株式払込が仮装であることの事情を知りながらということを意味しているにとどまり、原判決において「犯行に至る経緯」として詳細に判示されている事実のすべてを知りながらということを意味しているものでないことは、その判文に徴して明白であり(右株式払込の仮装であることの認識については、罪となるべき事実についての事実誤認の主張に対する判断のとおりである)、また、原判決の右判示に所論のいわゆる「金融機関の社会的職能に全く無理解な点」があるとは考えられない。論旨はいずれも理由がない。

五、控訴趣意中量刑不当の主張(控訴趣意書第七点、補充控訴趣意書)について

被告人千代倉に対する当裁判所の量刑判断は、後記自判の際当然に示すことになるので、所論に対する判断はしない。

六、破棄自判

以上の次第であるから、刑訴法三九七条一項、三七八条四号により原判決中被告人千代倉に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決することとする。

当裁判所が認定した罪となるべき事実は、原判示第一の一のうち、「金四〇〇万円をもつてあて、発行済株式総数の変更登記が済み次第、右一二〇〇万円は熱海国際観光株式会社の普通預金口座に振替え、右四〇〇万円は三浦個人の隠し預金口座に振替えるべきことを依頼したところ、同被告人は三浦、勝田らが空増資を図つているものであることを認識しながら、」とある部分(原判決六丁表一〇行目から同裏四行目まで)を、「金四〇〇万円をもつてあてることを依頼したところ、同被告人は三浦、勝田らが右一二〇〇万円について払込の仮装を図つているものであることを認識しながら、」と改め、同じく「松山物産株式会社、小松義男、勝田昭、石村米蔵、原田明義」とある部分(原判決六丁裏六行目から七行目)を「松山物産株式会社」と改め、同じく「もつて勝田、」とある部分(原判決六丁裏一一行目)を「もつて右一二〇〇万円の払込について勝田、」と改めるほかは、原判示第一の各事実と同一であるからこれを引用し、証拠は原判決が右判示事実について挙示する各証拠のうち証拠物の押収番号を「昭和五二年押第九六四号」と改めるほかはこれと同一であるからこれを引用する。被告人千代倉の右各所為中、原判示第一の一、三はいずれも商法四九一条後段に、同第一の二、四のうち公正証書原本不実記載幇助の点はいずれも刑法六二条一項、一五七条一項、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、同行使幇助の点はいずれも刑法六二条一項、一五八条一項(一五七条一項、右改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号)に該当するが、右の各公正証書原本不実記載幇助と各同行使幇助との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い各同行使幇助の刑で処断することとし、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、右原判示策一の二、四は従犯であるから同法六三条、六八条四号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人千代倉を罰金三〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人千代倉を労役場に留置し、原審における訴訟費用中証人横山喬、同鈴木正吉に支給した分は、刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人千代倉に負担させることとする。

第二、被告人佐山関係

一、控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

所論は、原判示「犯行に至る経緯」並びに「罪となるべき事実」第二の部分には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるといい、その理由として、原判決が右認定の主たる証拠としたと認められる被告人佐山の検察官に対する供述調書のうち、昭和四〇年三月八日付、同年三月二五日付、同年四月三日付のもの、勝田信一の検察官に対する供述調書のうち昭和三九年一一月二八日付、同年一二月二日付、同年一二月八日付、同年一二月九日付、昭和四〇年三月一二日付のものは、いずれも検察官が被告人佐山や勝田に対し他の者が認めているのであるから認めろと自供を強要したあげく、勝手に作成したものであるから信憑性がない、と主張するのである。

そこで、原審記録を精査して検討すると、被告人佐山や勝田は、司法警察員に対して検察官に対するとほぼ同旨あるいはそれに近い供述をしているのであるから、検察官に所論のごとき言動があつたものとは到底考えられないのみならず、所論指摘の各供述調書の形式、記載内容を詳細に検討し、更に被告人佐山や勝田のその余の検察官に対する各供述調書を始め原判決挙示のその余の証拠と対比してみても、所論指摘の各供述調書は(任意性に疑いを抱かせる節もなく)、原判示認定に添う限り十分信用できるものということができる。そして、右各供述調書その他原判決挙示の各証拠を総合すれば、前記の原判示事実は優にこれを認めることができるのであつて、記録中のその余の証拠によつても、原判決に所論の事実誤認があるとは考えられない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論にかんがみ、原審記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも合わせて検討すると、本件は、被告人佐山が、原判示のとおり、三浦及び勝田と共謀のうえ、フネンセツト工業の株券に行使の目的で自ら虚偽記入をさせ、又は他人が虚偽記入をさせた同会社の株券であることを知りながら、野中政治らを介しこれらの虚偽記入株券を行使するなどして、白水実ら二十数名の者から株券売買代金名下に現金合計三一八万円余、及び金額三一万円の小切手一通を騙取した事案であつて、犯罪の種類、罪質、態様、被害金額、被害者数等に徴し、被告人の刑責は重いといわなければならず、被告人に有利な情状として所論が指摘する点を十分考慮してみても、原判決の量刑はやむを得ないところであり、重きに過ぎて不当であるとは考えられない、論旨は理由がない。

三、むすび

よつて、刑訴法三九六条により被告人佐山に関する本件控訴を棄却することとする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 向井哲次郎 裁判官 小川陽一 裁判官 山木寛)

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